ご心配おかけしましたが、私用でバタバタしてただけなんです・・・
申し訳ございません〜!!
そろそろ神様に怒られそうなので更新を再開したいと思います(笑
どうか懲りませずお付き合い下さいな・・・
今回は七社神社に程近い、赤間須賀神社をご紹介いたします。
赤間須賀神社
御祭神
素戔嗚尊、事代主神、菅原道真公
由緒
せっかくの立派な御由緒書きですが、風雨で傷んでいて字が読めません・・・(汗
いつもの福岡県神社誌を引用させていただきます・・・
由緒 不詳、昭和三年十一月村社に列せらる。宇古町恵比須神社本社へ合併。
社説にいわく、古七社宮の境内に祭られしを永禄九年現在の社地に移し祀らる、赤間区鬼門除けの故。それより神徳彌々(いよいよ)顕はれ、俗に赤間祇園宮と称し地方民の尊崇厚し。
これより先は「七社神社 古文書 写 赤間祇園和大祓之縁起付祝詞」より抜粋させていただきます。(・・・が引用に関して許可をいただいている訳ではございません。差し障りがございます際にはtomatsuriまで御一報くださいませ。)
夫(ソレ)大祓ハ、神代ノ古事伝ヘテ、天ノ下ノ公民(オオンダカラ)ノ、罪穢ノ禍事ヲ、祓清テ、世之中ノ幸ヲ求ル、公ノ重キ御業ニシテ、事ト有折ハ四方之国ニモ詔シテ行ハセ給ヒシナリ、抑(ソモソモ)祓之初者(ハライノハジメハ)、伊邪那岐命黄泉国に到坐テ穢給ヘルヲ、清給ハムトテ、筑紫之日向之橘之小門之、阿波岐原ニテ、海潮ヲ迦豆岐(カヅキ)御身ヲ滌(ソソギ)給ヒテ、三柱之貴(ウヅ)ノ御子ヲ得給ヒキ、是ゾ身滌(ミソギ)祓ノ本ナリ、其禊ノ験(シルシ)ニヨリテ、生坐(ナリマセ)ル貴之御子(ウヅノミコ)、建速須佐之男命も亦(マタ)祓ニ依テ罪穢清マリテ、世ニ尊キ神ト成給ヒキ、亦其御末(ミマゴ)ノ大国主命モ、初メ屡々(シバシバ)八十神(ヤソガミ)ノ禍事ニ遇(アヒ)給ヒテ、根之国ニ至坐(イタリマシ)テ、須勢理毘売命ニ娶坐(アヒマ)シシガ、此姫神之御計ヒニ依テ顕国(コノクニ)ニ還リ、世ニ類無キ功ヲ立給ヘル也、是此(コレソノ)黄泉国(ヨモツクニ)ニ坐(マシマ)ス、須勢理毘売命ハ、顕国(コノクニ)之人民(オホンダカラ)ノ罪穢ヲモ佐須良比(サスラヒ)失ナヒ給ヒテ、福(サイワヒ)ヲ得サセ給フ、大(イト)モ尊キ姫神也・・・・・
*祓詞が続きますが割愛させていただきます*
赤馬(アカマ)ノ郷(サト)祇園ノ社ニ鎮坐(シズマリマ)ス、建速須佐之男命、稲田姫命、大巳貴命(オオナムヂノミコト)ノ三柱ヲ潮井河原ニ行幸(ミユキ)坐(マサ)シメテ、少(イササ)カ祓身禊(ハライミソギ)ノ法(ノリ)ヲ行ヒ奉ル物也。
扨(サテ)此大神等(コノオホンガミタチ)ハ、往古永禄八年六月十一日ニ、平安八坂ヨリ勧請ス。其年疫病(エヤミ)大ニ流行。里人苦ニ依テ、斎祭(イハイマツ)リ、幣帛(ミテグラ)ヲ大ク備ヘ、御祭ヲ執行シニ、疫病(エヤミ)忽(タチマチ)ニ治リシト有リ。
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一の鳥居
狛犬さん
二の鳥居
拝殿
本殿
境内神社
水神社(美都波能女神)
貴船神社(高龗神)
菅原神社(菅原道真公)
恵比須神社(事代主神)
お節さんの碑
節婦阿政は、大黒屋七兵衛の後妻の娘で、父が亡くなる時に本家の息子と許嫁の約束をしたが、本家が衰微して婚礼を挙げることができなかった。この時、勝浦の大庄屋から息子の嫁にと申し込まれたが、阿政は「父の遺言に背くのは親不孝であり、衰微した本家を見捨てるのは、女の貞節ではない。」と考え、再三の申し入れにも従わなかった。阿政は逃れることができないと悟り、婚礼の夜、遺言を残して自害し果てた。享和元年(1801年)阿政が18歳のことだった。頼山陽(らいさんよう)も「節婦阿政伝」としてこのことを記している。
明るい印象のお社ですが、鋭さもあり、魅力ある雰囲気でした・・・
また足を運びたいと思います♪


