2016年11月21日

デザイン変更中にて

御見苦しいページとなっております。
せっかく見ていただいているのに申し訳ないです・・・
ボチボチ修正していきますので、どうかお許しを・・・(人'д`o)




posted by tomatsuri at 21:49| 福岡 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月08日

須賀神社(福岡県宗像市赤間6)

 こんばんは。凄まじく長い間、ご無沙汰してしまいました・・・
ご心配おかけしましたが、私用でバタバタしてただけなんです・・・
申し訳ございません〜!!
そろそろ神様に怒られそうなので更新を再開したいと思います(笑
どうか懲りませずお付き合い下さいな・・・

今回は七社神社に程近い、赤間須賀神社をご紹介いたします。

赤間須賀神社

御祭神

素戔嗚尊、事代主神、菅原道真公


由緒

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せっかくの立派な御由緒書きですが、風雨で傷んでいて字が読めません・・・(汗

いつもの福岡県神社誌を引用させていただきます・・・


由緒 不詳、昭和三年十一月村社に列せらる。宇古町恵比須神社本社へ合併。
社説にいわく、古七社宮の境内に祭られしを永禄九年現在の社地に移し祀らる、赤間区鬼門除けの故。それより神徳彌々(いよいよ)顕はれ、俗に赤間祇園宮と称し地方民の尊崇厚し。


これより先は「七社神社 古文書 写 赤間祇園和大祓之縁起付祝詞」より抜粋させていただきます。(・・・が引用に関して許可をいただいている訳ではございません。差し障りがございます際にはtomatsuriまで御一報くださいませ。)


夫(ソレ)大祓ハ、神代ノ古事伝ヘテ、天ノ下ノ公民(オオンダカラ)ノ、罪穢ノ禍事ヲ、祓清テ、世之中ノ幸ヲ求ル、公ノ重キ御業ニシテ、事ト有折ハ四方之国ニモ詔シテ行ハセ給ヒシナリ、抑(ソモソモ)祓之初者(ハライノハジメハ)、伊邪那岐命黄泉国に到坐テ穢給ヘルヲ、清給ハムトテ、筑紫之日向之橘之小門之、阿波岐原ニテ、海潮ヲ迦豆岐(カヅキ)御身ヲ滌(ソソギ)給ヒテ、三柱之貴(ウヅ)ノ御子ヲ得給ヒキ、是ゾ身滌(ミソギ)祓ノ本ナリ、其禊ノ験(シルシ)ニヨリテ、生坐(ナリマセ)ル貴之御子(ウヅノミコ)、建速須佐之男命も亦(マタ)祓ニ依テ罪穢清マリテ、世ニ尊キ神ト成給ヒキ、亦其御末(ミマゴ)ノ大国主命モ、初メ屡々(シバシバ)八十神(ヤソガミ)ノ禍事ニ遇(アヒ)給ヒテ、根之国ニ至坐(イタリマシ)テ、須勢理毘売命ニ娶坐(アヒマ)シシガ、此姫神之御計ヒニ依テ顕国(コノクニ)ニ還リ、世ニ類無キ功ヲ立給ヘル也、是此(コレソノ)黄泉国(ヨモツクニ)ニ坐(マシマ)ス、須勢理毘売命ハ、顕国(コノクニ)之人民(オホンダカラ)ノ罪穢ヲモ佐須良比(サスラヒ)失ナヒ給ヒテ、福(サイワヒ)ヲ得サセ給フ、大(イト)モ尊キ姫神也・・・・・

*祓詞が続きますが割愛させていただきます*

赤馬(アカマ)ノ郷(サト)祇園ノ社ニ鎮坐(シズマリマ)ス、建速須佐之男命、稲田姫命、大巳貴命(オオナムヂノミコト)ノ三柱ヲ潮井河原ニ行幸(ミユキ)坐(マサ)シメテ、少(イササ)カ祓身禊(ハライミソギ)ノ法(ノリ)ヲ行ヒ奉ル物也。
扨(サテ)此大神等(コノオホンガミタチ)ハ、往古永禄八年六月十一日ニ、平安八坂ヨリ勧請ス。其年疫病(エヤミ)大ニ流行。里人苦ニ依テ、斎祭(イハイマツ)リ、幣帛(ミテグラ)ヲ大ク備ヘ、御祭ヲ執行シニ、疫病(エヤミ)忽(タチマチ)ニ治リシト有リ。
・・・・

一の鳥居

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狛犬さん

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二の鳥居

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拝殿

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本殿

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境内神社

水神社(美都波能女神)
貴船神社(高龗神)
菅原神社(菅原道真公)
恵比須神社(事代主神)


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お節さんの碑

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節婦阿政は、大黒屋七兵衛の後妻の娘で、父が亡くなる時に本家の息子と許嫁の約束をしたが、本家が衰微して婚礼を挙げることができなかった。この時、勝浦の大庄屋から息子の嫁にと申し込まれたが、阿政は「父の遺言に背くのは親不孝であり、衰微した本家を見捨てるのは、女の貞節ではない。」と考え、再三の申し入れにも従わなかった。阿政は逃れることができないと悟り、婚礼の夜、遺言を残して自害し果てた。享和元年(1801年)阿政が18歳のことだった。頼山陽(らいさんよう)も「節婦阿政伝」としてこのことを記している。


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明るい印象のお社ですが、鋭さもあり、魅力ある雰囲気でした・・・
また足を運びたいと思います♪









posted by tomatsuri at 00:36| 福岡 ☔| Comment(2) | 宗像の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月21日

七社神社(福岡県宗像市石丸2)

ちょっぴりご無沙汰しておりました。
皆様、お元気でしょうか〜♪
tomatsuriはサボってました。
・・・・眠すぎて・・・・相変わらず夜更かし大好きなんですが
早朝に目が覚めるようになっちゃって・・・睡眠不足ですわ・・・

先月、参拝させていただいた七社(ななやしろ)神社です♪すてきでした♪
写真をたくさんご紹介したいので淡々と進めてまいりたいと思います・・・


一の鳥居

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御祭神

国常立尊、惶根尊(カシコチノミコト)、大巳貴尊、伊弉諾尊、
国狭槌尊、忍穂耳尊、瓊瓊杵尊

由緒

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人皇四十代天武天皇御宇白鳳年中始て此地に斎祭すと近くは宗像大宮司氏貞厚く信仰し寄附田等も有しが天正年時豊臣秀吉九州平定の時悉く没収せらる黒田長政入国の節社参有て当社の破毀を歎じ郡奉行古森市右衛門郡吏神屋三右衛門を以って再興ありしと明治五年十一月三日村社に被定。
又社説に曰く、当社地を郡林と称しまた赤馬山とも云ふ即ち祭日に里人の林立する状を以って此の名あり。
皇祖神武天皇崗港に御駐輦の砌(みぎ)り当地御巡行の際、今の赤間にて道を迷わせたまふ、此の時赤馬に跨りし威容只ならぬ老翁顕はれ、天皇を先導し奉り、忽然と其姿は消滅す。是れ即ち吾祖神の御垂示なりと高く清き所に神籬を建て七柱の神に報賽の祭りを成し給ふ。里人は是地を神地として恐れ畏み、後天武天皇御宇白鳳二年四社殿を造営して七柱の神を奉斎す、是れ即ち当社なり。
蘿岳の城主宗像大宮司氏貞は産土神として厚く信奉し社宝等敷多奉納せられし内、備前の祖則光の小太刀調拍手祐筆神谷英明書古文書の如き其の重なるものなり。
春秋の祭祀最も厳重に行はれ其前五日間は鎮斎と称し、不浄の者別火厠便所の汲取をなさず、只管心神を潔め祭事を行ふ習慣なり。
社地に両翼あり右なるを丸山と称し、徳満社を祀る、牛馬の守護神として遠近の賽者常に絶えず。左なるを茶臼山と称し赤間須賀神社の旧社地なり、全山鬱蒼として 天皇御親祭の旧跡地たるを首肯せしむる所なり社後に当社所属の寺院延命寺ありしも明治五年廃寺す

(引用文献:福岡県神社誌)


以下は「七社神社 古文書 写」からの引用です。
非常に長文ですので、失礼ながら、途中までのご紹介となります。・・・後日、タイピング頑張る・・かもしれません(苦笑
解読不能な字もございまして、作業は難航いたしました・・・分からない部分は無理に解読せず「○」と表記いたしております。

筑前国宗像郡赤間邑産神郡林七社宮之御縁起

いにしえ、天地いまだわかれさる時、渾沌たる○鶏の子のごとし、くもりて牙をふくめり、其すみあきらかなるものは、たなびきのぼりて天となり、おもくにごれるものハくだりて地となれり 精妙なるが合るは摶ぎ易く、重く濁れるが凝たるは竭(かたま)りがたし、故に天まづな成て、地のちに定る 開闢のはじめ、洲壌(くにつち)の浮れ漂へる事、たとへば○魚の水の上に浮けることし、時に天地の中にひとつの物あり、かたち葦牙のことし、○神となりたまふ御号を、国常立尊と申したてまつる。天神第一代の御神也。上古の時、丹波国与○郡真井原におハしましましけるを、人皇二十二代雄略天皇の二十一年丁巳冬、天照太神の御告によりて、同二十二年戌○秋、伊勢国山田原にむかへしつめ奉らる。○○宮なり、日本の宗庿の御神にて ひとのねがひをかなえさせたまふめでたき御神にてまします。すなハち当社に御鎮座也。
次に国狭槌尊天神第二代の御神、是又当社御鎮座也。次に豊国主尊此三代ハ陽神にて、一神つ○あらハれさせたまふ。次に豊国主尊(とよくにぬしのみこと)此三代ハ陽神にて、一神つゝあらハれさせたまふ。次に埿土煮尊(ういちにのみこと)、沙土煮尊(すひちにのみこと)、次に大戸之道尊(おおとのじのみこと)、大筈辺尊(おおとまべのみこと)、次に面足尊(おもたるのみこと)、惶根尊(かしこちのみこと)、次に伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冊尊(いざなみのみこと)、此四代は陽陽二神つゝあらハれたまふ。是迄を天神七代と申したてまつる。・・・・・

こんな具合です・・・





参道

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狛犬さん

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拝殿

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拝殿内部です。なんだか大胆なくらいシンプルでおおらかな桃の神紋・・・
かわいいですね・・・♪

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本殿

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境内神社

稲荷神社(倉稲魂神)
菅原神社(菅原道真公)
八幡神社(応神天皇)
福地神社(保食神)
貴船神社(高龗神)
春日神社(天児屋根命)

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石碑

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徳満神社

七社神社の境内の端に鎮座する徳満神社。丁重にお祀りされておりました。

そして・・・またまた♪



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美しいですね・・・

(公表しといてなんですが、写真のお持ち帰りは堅くお断りさせていただきます・・)




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そんなに日当たりが抜群と云うことはないのですが、なんだか明るい印象の神社でした。
居心地良くて長居をさせていただきましたよ〜♪


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また参ります・・・鳥居でぺこり。


次回はコチラのほど近くにございます赤間須賀神社をご紹介いたします。



posted by tomatsuri at 00:55| 福岡 ☀| Comment(4) | 宗像の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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